時間遅れを導入した遺伝子回路におけるカオスの発現 ~一つの遺伝子の自己制御に対する時間遅れの導入~(物理学系 鈴木陽子)

時間遅れを導入した遺伝子回路におけるカオスの発現
~一つの遺伝子の自己制御に対する時間遅れの導入~

整理番号:2016-010


研究者名: 鈴木 陽子(Yoko Suzuki)
所  属: 理工学部 総合理工学科 物理学系 准教授
専門分野:数理物理・物性基礎
キーワード:生物物理、統計力学

研究概要

細胞を機能させたり維持する上で、遺伝子ネットワークは極めて重要な働きをしています。遺伝子回路の理論的な研究においては、定常状態における振る舞いに着目することが多く、時間遅れを入れて考えることはあまり行われておりませんでした。我々は、1~2の遺伝子からなる回路でさえも、転写抑制や転写促進に対して時間遅れを取り入れることにより、時間遅れのない場合に比べて様々な動的挙動を示すことを数値シミュレーションを用いることによって、明らかにしました。ここでは、その例として、図1のような自己制御を伴う1つの遺伝子からなる単純な遺伝子回路に時間遅れを導入した場合についての結果を紹介します。

■ 自己制御を伴う遺伝子Aの遺伝子回路に時間遅れを導入

  • 1つの自己転写抑制ループを持つ遺伝子(a)遅延時間(t)が短い(< 3.1分)と発現及び分解するタンパク質濃度変化は定常状態、長くなると周期性を示す(図2)。
  • 2つの自己転写抑制ループを持つ遺伝子(b. 図3:左)τ2時間依存的タンパク質濃度の最大値に対する分岐図(上図、 τ118分の時)で、τ2 < 4.2分或いは> 4.9分では期性、それ以外では非周期性を示す(上図、中図)。 Τ118分、τ2 4.65分の時のタンパク質濃度変化は、非周期性且
    つ弱カオス(下図)であることが分かる。
  • 2つの自己転写抑制ループと1つの自己転写促進ループを持つ遺伝子(c. 図3:右)τ118分、τ28.0分時のτ3時間依存的タンパク質濃度の最大値に対する分岐図(上図)で、τ3が11~13、14~15、18~
    19分では非周期性を示す(上図、中図)。τ312.5分の時のタンパク質濃度変化は、非周期性且つ強カオス(下図、強カオス発現に特徴的な非周期スペクトル)であることが分かる。

 

図2 定常状態と特徴的周期性

図3 弱カオス挙動(左)と強カオス挙動(右)

 

P:周期的(Periodic)、QP:準周期的(Quasi-Periodic)、WC:弱カオス的(Weak Chaotic)、SC:強カオス的(Strong Chaotic)

応用例・用途

  • 遺伝子回路をモジュールとして扱うことで、細胞の振る舞いを説明することが可能になります。
  • 免疫システムを妨害する腫瘍細胞のカオス的挙動の解明にも役立ちます。